2012年5月15日 (火)
先週、久しぶりに東郷町のレッスン場へ行きました。皆さんガッツある方々ばかりで、教えているこちらも楽しくなります。先月中に高橋が手の形など注意した点がすべて直っており、速つぎのステップへ。素晴らしいですね。夫々皆さんのテンポでかまわないと思いますが、新しい事を知って音楽に反映させていくのは、とても素敵な事だと思います。来月も皆さんの上達ぶりを楽しみたいと思います。
吉沢検校作曲「秋の曲」に出てくる歌の一つに古今和歌集、壬生忠岑(みぶの ただみね。ちなみに身分は低い下級武官でしたが歌人としては一流と賞されました)作詞「山里は秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音に目をさましつつ」があります。意味は「山里の秋はとりわけ寂しいと 鹿の鳴き声で夜中に目を覚まして思う 」ですが、目が覚めてしまうほどの鹿の鳴き声とはいったいどんなものか知りたくなりました。
この声には驚きましたが、それにしてもこの声をうるさく感じるほど生活の中に鹿がとけ込んでいた時代にあこがれもします。
同じく前歌に出てきますが、読み人知らずで「久方の天の河原の渡守 君渡りなば楫かくしてよ」というものがあります。意味は「天の河原の渡し守よ、あの人が川を渡ったら、もう帰れないように楫(かぢ=舵)を隠しておくれ」などという恋心を歌ったものです。ずいぶんしっとりした内容で、これに限らず地唄を10代の生徒に歌わせる時にちょっと不自然かな、と思うときもないわけではありませんが、これに似た感情は学生生活の中でもあるはずなので、こういう意味なんだよと説明して地道に取り組んでいます。「秋の曲」は歌も手事(技術)も楽しめる曲だと思います。吉沢検校は私と同じ愛知県出身ですしね。歌詞の内容が暗く停滞している感じなのに伴奏である箏は前に進んでいると感じる事が多いです。土壌を感じるのは私だけでしょうか。










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